ブラックマヨネーズとは?ブラマヨの偉業を振り返り、その魅力に迫る。

ブラックマヨネーズと言う名前に記憶がありますか?

かって、19年前、2005年のM-1グランプリチャンピオンに輝き
その漫才の面白さは今でも色あせることなく皆に語り継がれています。
今回はそのブラマヨの偉業を振り返り、その魅力に迫りたいと思います。

ブラマヨのプロフィール?

小杉 竜一(こすぎ りゅういち、51歳)

ツッコミ担当、立ち位置は向かって左
NSC大阪校13期出身
趣味:空手 (一級茶帯)

 

吉田 敬(よしだ たかし、51歳)

ボケ担当、立ち位置は向かって右
NSC大阪校13期出身
特技:パチンコ(パチプロ級)
アレルギー体質で犬、カニ、エビ、貝類、ソバ、金属など多数に反応。

顔のニキビの跡は通販で買ったローラーを
顔に押し当て顔中のニキビを一気に潰したためにできたとのこと。

二人の出会いは?

1994年、NSC大阪校13期出身の同期として出会います。
当時、小杉は「関西キング」、吉田は「ツインテール」というコンビを組んでいました。
小杉の元相方が結婚を期に引退した時に、どこでどう知っていたのか
小杉の母親が吉田のことを盛んに勧めたらしいのです。

このお母さん、先見の目があったんですね。

吉田も小杉には注目していたのでしょう、組みたいと思っていたようです。
ですが吉田には相方である和田の存在があります。

ではどうしてコンビになれたのでしょう。

ある日「関西キング」というコンビで活動していた小杉が解散したのを聞きつけ、
吉田は小杉にコンビを組もうと誘ったのでした。

さらに、吉田は小杉がすぐ解散するのではと心配して
「コンビ解散を切り出したら3,000万円支払う」という
誓約書を小杉に書かせようとしたのです。
そんな吉田をみて小杉も「こいつとなら」と納得したようです。

快諾の返事をもらってから、吉田は和田に解散の意思を伝えました。

ここで吉田の相方である和田が自ら身を引いたのでした。

「吉田は俺と組むより小杉と組んだ方が成功するだろう」
そう考えたらしかたがないですよね・・。

和田は吉田の才能を当時から高く評価していたため、放送作家に転身。
現在、ブラマヨが大阪で抱えるレギュラー番組のスタッフに名を連ね、
元相方をしっかりと支えています。

ブラックマヨネーズの漫才スタイルは?

ブラックマヨネーズの漫才は正統派のしゃべくり漫才です。

最近ではしゃべくり漫才よりもコント漫才のほうを多く見かけますが
理由として「しゃべくり漫才」のほうが難しいという点が考えられます。
その理由ですが

1,コント漫才は動作で笑いを取ることができるが
しゃべくりではそれができない。
2,ネタをすべてボケとツッコミで表現しなければならない。
,しゃべるだけで内容を伝えるには、よくとおる声としゃべり方が求められる。
4,途中でネタが飛んだ時に間が空いてしまう。
5,セリフを言い間違えたり、つっかえたりできない。
6,動作は表情だけなので間合いや顔の演技が必要。

ざっとこんなところですが
ブラマヨの演技で特に際立っているのが3番です。

流ちょうなしゃべりは立て板に水のごとく、スラスラと流れ
声も聞き取りやすく、つっかえたり間違えたりがない、まさに
芸術的です。
ちなみに2022,2023年M-1優勝者のウエストランドや令和ロマン
と比べてみるとよくわかります。
ネタの伝わり方が半端でないです。

ブラマヨM-1伝説の漫才とは?

もうM-1優勝動画をここに載せることはできませんが
誰もがそのレベルの高さを絶賛しています。

麒麟の川島明はブラマヨの漫才を讃え、勇気のいるネタだと説明しています。
「一発、後半にサビがドンッとくるまでの2分間を、
言うたらこう弱火でね、コトコト煮込むという」と表現しています。

M-1には2001年から挑戦していてその結果はいつも準決勝どまりでした。
それが、

2005年になってからはネタのスタイルと作り方を一新、「ラジオのように2人で喋りながらネタを作りたい」という吉田の提案によって、それまで吉田1人でやっていたネタ作りを2人で1から行うようになった。これが功を成してか、同年の『M-1グランプリ』で決勝戦進出を果たす。 Wikipedia

NON STYLEの石田はこういっています。
「2005年のM-1でブラマヨが優勝したときのネタは最初の1分くらいはそんなに笑いがなかったんですが、徐々にお客さんを巻き込んでえげつないエネルギーが生まれた。ほんとあのときのブラマヨは群を抜いていましたね。」

「最近ブラックマヨネーズの姿をテレビなどであまり見ない」とよく言われます。
私もほとんど見かけません。
でもそれは彼らが地上波のバラエティに出ようと思っていないからだと
解釈しています。
特に吉田が、大阪に住む家族と一緒にいる時間を
大幅に増やしたせいだと考えています。
相方の小杉の話では「全然出ていないです。
今、僕ひとりでいろんなところに出させてもらってますので」
さらに、
あいつ「忙しすぎて子どもの成長を見届けられなくて、ショックを受けたんです」
なんでも、
「子どもが歩き出したぐらいの時に『うわっ、こいつ歩いてるやんけ』って言ったら、(かみさんに)『だいぶ前から歩いてるで』って言われてしまった」んです。それで深くショックを受けた吉田は
「レギュラー以外の仕事は家族との時間にしたい」と事務所に打診した結果、
小杉ひとりでテレビ番組などに出演することが増えたのだという。

それと、吉田本人は趣味の時間も大切にしたいとか・・(元パチプロだぞ)

(吉本より)

吉田の家族思いの一面が見えて、「エーッ」という感じです。

パチンコばかりしてるんじやないの・・?

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