
今でこそ有名でテレビやラジオに引っ張りだこのサンドウィッチマンですが
M-1グランプリで決勝に残るまでは全く無名な二人でした。
そんな彼らのルーツにせまります。
サンドウィッチマン、コンビの歴史とは?
サンドウィッチマンは現在は二人のコンビですが、実は結成当時はもう一人いて
トリオだったのです。
当時(1998年)ホリプロでの同期だった浜田ツトム(のちのメインストリート)
を加えてトリオ名「サンドイッチマン」としたのです。
芸名ですが、3人とも身長は同じくらいなのに伊達と富沢が二人とも90キロだったのに比べ
浜田は50キロ台と細く
サンドイッチの様だということから「サンドウィッチマン」が誕生しました。
浜田がツッコミで伊達と富沢の二人がボケを担当していましたが
1年ほどで浜田が脱退し今の二人になりました。
二人は同じ宮城県仙台市の出身で学校も同じ仙台商業高等学校です。
太っていたからでしょうか、ラグビー部で知り合うと親友となっていきました。
当時、富沢が芸人になりたくて、伊達を盛んに口説いていたのですが
伊達には親の勧めもあり福祉関連の会社に就職してしまいました。
仕方なく富沢はアルバイトをしながら別の友人とコンビを組んで
アマチュアで活動していました。
富沢はどうしても伊達とコンビを組みたくて
その後もずっと伊達にプロポーズしていたんですね。
知り合った時から馬が合い、そして
伊達の漫才師としての才能を見抜いていたといいますか
「彼とならきっと、うまくいく」という自信があったのでしょう。
伊達のお父さんが亡くなったのを機に二人のコンビが誕生しました。
1998年、コンビ名は「親不孝」でした。
これも、ちゃんとした仕事につかずに芸人などをしていることから
二人ともそう思っていたのでしょう。
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M-1グランプリ優勝への道
ホリプロなどに所属していた二人は、
ネタに注文を付けてくるマネージャーと折り合わず事務所を変わります。
お笑いコンビ「ホロッコ」のほり太によって設立された芸能事務所「フラットファイヴ」

ホロッコ (お笑いナタリーより)
に移って実力を発揮しだします。
社長も芸人でしたから理解があったのですね。
2005年、それからも、苦労の連続でした。
30歳を過ぎていました。
ライブには出演していても、キー局のテレビから一向にオファーがなく、
収入もアルバイト頼みだったようです。
二人で同じアパートで生活していた当時の写真が
幻冬舎のライフマガジンに紹介されています。

決意した二人は2005年の1年にかけていたようです。
その結果、メチャメチャ、ライブ出演を増やしたのが功を奏し、ついにテレビ関係者の目に
止まったのです。
『エンタの神様』(日本テレビ)への出演。
※番組のプロデューサーだった五味一男氏をサンドの二人は
「自分の人生を変えてくれた人は俺達を発掘してくれた日本テレビの五味一男さん」と
著書で言及しています。
『エンタの神様』初登場で披露したネタは「ピザのデリバリー」でしたが。
あまりにもウケすぎて観客の笑い声が2人のピンマイクにも入ってしまい、収録のため
同じネタをもう一度披露したそうです。
30歳で日本テレビ系「エンタの神様」で全国ネット初出演を果たしたものの、「全然まだ食えてなかった。週2ぐらいでバイトしてましたね」。「登録制のバイトで、変なバイト多かった」といい「人の家の留守番とか草野球の代打とか」と振り返った。 (スポニチ アネックス)
そこから「M-1グランプリ」で優勝するまでに3年かかったのです。
「M-1グランプリ」には2002年から出場していました。
2002年:1回戦敗退
2003年:1回戦敗退
2004年:2回戦敗退
2005年:準決勝敗退
2006年:準決勝敗退
2007年:優勝
優勝はなんと敗者復活戦からのものでした。
当時はまだ一般の審査員が採点をしていたので
サンドイッチマンがなかなか決勝に残れなかったようです。
一般人の審査ですと人気投票のようになってしまうのでしょう。
2007年に敗者復活戦から決勝への進出
その時に出した最高得点のネタが「街頭アンケート」でした。
その後、2009年に「キングオブコント」で準優勝してから
いろいろ出演依頼が来るようになったそうです。
、国土交通省の気象庁災害啓発ポスターにも起用されました。

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サンドウィッチマン人気の秘密とは?
「日経エンタテインメント」で行われている「好きな芸人」調査で
サンドウィッチマンが2018年から2020年まで3年連続1位です。
それまで14度連続で明石家さんまだったのをサンドウッチマンがひっくり返したのです。
※2021以降は調査を休止しています。
なぜこんなにもサンドは人気があるのでしょう・・。
2007年のM-1グランプリで敗者復活戦から優勝するまでは
それほど名前も知られておらず、人気芸人ランキングなどに
ほとんど名前を見ませんでした。
2010年の「日経エンタテインメント」発表ではMー1で優勝したにもかかわらず
人気ランキング10位までに入っていません。
そこから毎年少しずつ順位を上げていったのでしょう。
2013年の調査ではまだ9位でしたが2017年に3位まで順位を上げ、
翌年から1位に君臨しています。
理由の一つにテレビの出演回数が増えてきたことが挙げられます。
『エンタの神様』は日テレですがNHKにも人気お笑い番組『爆笑オンエアバトル』
がありました。
ですが、ガラの悪そうな風貌からNHKにだしてもらえなかったそうです。
テレビに視るサンドウィッチマンは外見は怖そうでも、実際には2人とも気が優しく、
それがテレビを見ている人には伝わってくるのでしょう。
だんだんと、人気を後押ししていくのですね。
二人が育った東北地方で2011年3月11日、忘れられない出来事がありました。
東日本大震災です。
その時、二人とも現地にいて被災したのです。
富沢は自身の公式ブログのコメント欄を“安否確認専用”.として全国の人に開放しました。
その利用者は3000人を超えたようです。
伊達は公式ブログで被災者を勇気づけるメッセージーを発信しました。
また、記者会見で「東北魂”東北地方太平洋沖地震義援金口座」
と銘打った銀行口座を開設と募金活動の開始を発表。
2人で1,000万円を寄付しました。
またチャリティーライブとチャリティグッズの収益を含め集まった2億9,722万円を
岩手県や福島県、宮城県など計6県に渡して回りました。
こういった活動を見ているファンがサンドウィッチマンの人気を
不動のものにしているのでしょう。
もちろん本芸の漫才が面白いのは言うまでもありません。
所属事務所グレープカンパニーとは?
富沢と伊達は今までいた芸能事務所「フラットファイヴ」との契約をやめ
グレープカンパニーに移りました。
実はこのグレープカンパニーという事務所は
今までいた「フラットファイヴ」の社長であるお笑いコンビ「ホロッコ」の堀田夫妻が芸人にもどる決意をしたため、
マネージャーとサンドウィッチマンの二人が相談して
イベント会社等を経営する中村歩氏を社長に招聘し立ち上げた会社なのです。
「フラットファイヴ」にいたほとんどの芸人がこの時にグレープカンパニーに移籍しています。
高橋英樹も後から移籍してきています。
名前は「ブドウの房のように小さい実でも集まれば立派な果実になる」
ということから名づけられました。
経営手腕は「バーター」をしないことでも知られています。
主タレントに事務所の売れないタレントを抱き合わせ出演させる
「バーター戦略」はプロダクションがよくやる方法で
オファーを出す方としてはうれしくないやり方です。
小さいながらも最近ブレイクしている芸人が数出てくるなど
有望視される会社となっています。
サンドウィッチマンプロフィール

伊達みきお:1974年9月5日生まれ 身長 170cm 体重 88kg
富澤たけし:1974年4月30日生まれ 身長 170cm 体重 86kg
出身地は二人とも宮城県仙台市


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