NHK相撲解説者・北の富士(元横綱北の富士)が親方でない理由とは?

サンスポより

NHKの大相撲解説をしている北の富士勝昭さんはご存じの通り、元横綱の北の富士です。

ではなぜ親方でなく解説者をしているのでしょう。

まずは力士「北の富士」の経歴から。

 

北の富士の父親は料理店を経営していたのですがうまくいかなかったようで、北の富士自身、子供のころに3回も夜逃げの経験があったそうです。

1954年夏、故郷で大相撲の北海道巡業が行われたとき、たまたま横綱千代の山が父親の料理店に立ち寄ったんです。

その時「どうだ、相撲をやって、東京見物をしてみないか」とさそわれたんですね。

北の富士はずっと軟式野球をやっていて投手で4番だったそうですが、中学の野球部の活動で右肘を故障してしまい、断念したそうです。

他にも高校のレスリング部から、いくつも誘いがあったそうですが、やっぱり千代の山から直に声をかけられたことが忘れられなかったようです。

千代の山もさすが、力士を観る目があったんですね。
中学を出るとすぐに出羽の海部屋に入門しました。

その時のことですが、身長は十分でも体重が規定に満たないほど痩せていました。

水を飲むなどして検査を通ったのですが、やせすぎていて、なかなか出世できませんでした。

当時は「30場所で幕下へ昇進できなければ廃業」という規定があり、竹沢(北の富士の本名でしこ名)はすれすれで通過できたのです。

1960年の三段目の時、先輩力士からいじめをうけ、病気になってしまいます。
無理して巡業に行ったためさらに悪化させ50日間、入院。ゲン担ぎでしこ名を竹沢から北の富士に変更。ここから運が向いてきました。

出羽海親方(元常ノ花)が亡くなると、跡を継いだ武蔵川親方(元出羽ノ花)の指導で北の冨士は素質を開花させていきます。

それまでは前へ出る一本やりの攻めで「香車」とか「ヤリイカ」などと呼ばれていたのががらりと変わっていくのです。

1963年3月場所で新十両に、11月場所ではなんと十両で史上3人目の15戦全勝優勝を達成してしまいます。

その後どんどん出世して大関になります。

大関時代に九重が出羽海部屋からの分家独立を申し出て破門されました。九重に付いていくか出羽海に留まるか大いに悩んだ結果、九重に付いて行くのです。

1970年3月場所から横綱に昇進。

デイリー東北デジタルより

遊び好きで

「夜の帝王」、「プレイボーイ横綱」、「現代っ子横綱」などの異名を取り、エピソードには事欠かない人物で、現役力士で歌手デビュー、断髪式後に白のタキシードを着て登場すると持ち歌を披露(1967年に発売した「ネオン無情/チャンコ花唄」は50万枚を売り上げ)したり、

多くのの女性たちとの浮名を流したりと相撲取りらしくない横綱でした。

引退後井筒部屋(現在の部屋と別系統)を興しますが遊びすぎたため金策に苦労したようです。

1977年に千代の山が没すると、12代九重を襲名し自らの井筒部屋と合同させる形で九重部屋を継承します。

親方としての指導法には卓越したものがあり、名横綱千代の富士を育てたり、北勝海を第61代横綱に、さらに孝乃富士巴富士を小結にと、名伯楽として名を馳せるのです。

他でも井筒の名跡を旧井筒部屋(現:陸奥部屋)の傍系である君ヶ濱部屋の師匠だった鶴ヶ嶺昭男に譲渡したり、千代の富士が引退すると18代陣幕に名跡交換し、自身は九重部屋の部屋付きの親方となるなど、いろんなことをパッパと片付ける人でした。

その後、13代九重(千代の富士)と金銭問題で仲違いし北勝海の八角部屋に移籍しましたが、協会では理事に昇格し審判部長を長く務めていました。

将来は理事長に就くことを期待されていたにもかかわらず、

1998年に相撲協会理事選の候補から外されたことで日本相撲協会を退職してしまいます。

一説には、一門内で行われた予備選挙で千代の富士が自身を支持しなかったことが原因となって候補から外されたとありますが、

北の富士自身は多くを語ろうとしません。

またこんなエピソードもあります。満60歳を祝い太刀持ち・千代の富士(九重親方)、露払い・北勝海(八角親方)と共に、横綱昇進を果たしたかつての弟子二人を従えての還暦土俵入りが行われたが、相撲協会から退職していたために両国国技館が使えず、都内のホテル(ホテルイースト21東京)のホールを借りての還暦土俵入りをしました。

解説者としては人気があり、前の海とテレビ画面を賑わせています。


辛口批評に定評があり、

横綱白鵬の立ち合いからのカチアゲには苦言を呈することが多く、

「横綱じゃあないよ」とまで言い切っています。

 

北の富士は過去に2度ほど結婚、そして離婚をしているとの情報があります。

現在は独身のようですが、はっきりしたことはわかりません。またお子さんやお孫さんもいるようですがそれもはっきりとは分かりません。

北の富士自身は最近多くを語らないのです。

今80才になりましたがまだまだ元気で、NHKの解説が長く続けられることを願っています。



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