高安の妻は美人の演歌歌手、なれそめは?高安は歌うま、力士情報は?

(スポニチより)

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髙安の妻は美人の演歌歌手

髙安関と演歌歌手の杜このみさんの結婚当時の画像です。

このみさんは美人ですね。

なんで相撲取りには美人の嫁さんがくるのでしょう・・?
不思議でしょうがないです。

ところで奥さんの名字「杜」はなんと読むのでしょう。

「杜」は神社の「鎮守の森」や「ご神木」を意味するようです。

屋敷林」などの「人工林」「二次林」を意味したり、潜在自然植生を踏襲する
場合もあるそうです。

福島県観光情報サイトより 「陣屋の杜公園」

「社(やしろ)」と漢字が似ています。
神社や街の樹木が多い場所を「杜(もり)」と、書くようになったのでしょう。

髙安と杜このみさんとのなれそめは?

美女とモンスターといっては失礼ですが、今でも不思議でしょうがないんです。

身体が小さい方のこのみさんが186cmで体重がなんと160キロ以上の大男に嫁ぐなんて。

髙安と杜このみさんが初めて出会ったのは2016年2月に行われたNHK福祉大相撲の時でした。

日本相撲協会より

この時、このみさんは髙安の歌う姿に興味をもったのでしょう。

杜このみさんは演歌歌手として抜群の歌唱力の持ち主です。小学6年生で江差追分全国大会少年の部で当時史上最年少優勝をしています。

2006年には「日本民謡ヤングフェスティバル」優秀賞など数々の賞を受賞。

2007年、18歳の時にNHKそれいけ!民謡うた祭り」に出演したことがきっかけで細川たかしに見いだされプロデビューへと進んでいきます。

実は細川たかしは、田子ノ浦親方と親交があり、田子ノ浦部屋の後援会の最高顧問をしています。
その関係で、高安関が所属する田子ノ浦部屋の千秋楽パーティーにこのみさんも参加したのでした。

二人は同学年で気が合ったのでしょう、この時から付き合うようになりました。

髙安は歌うま

髙安関はとても歌がうまいんです。

下の動画は歌手の西田あいさんとのデュエットです。

 

曲は「居酒屋」で、高温のところは・・?と心配して聞いていましたが

どうして、どうして・・

うまいです。

他にもレパートリーが多く「冬のリヴィエラ」や「いとしのエリー」などが紹介されています。夫婦デュエットがぜひ聴きたい、というリクエストが多数寄せられているそうですが、どうなんでしょう・・?

ぜひ聴きたいですよね。

 

髙安の力士情報

髙安 晃(たかやす あきら)
出身地:茨城県 土浦市

所属部屋:鳴戸部屋→田子ノ浦部屋

身長:187cm  体重:163キロ

得意技:突っ張り、押し、寄り

初土俵 :平成17年3月

幕内戦歴 502勝395敗111休/890出(68場所)、
2技能賞、3殊勲賞、6敢闘賞、5金星
大関戦歴 113勝57敗55休/166出 (15場所)

関脇戦歴 63勝40敗2休/103出 (7場所)
小結戦歴 64勝53敗3休/116出 (8場所)
前頭戦歴 262勝245敗51休/505出 (38場所)

 

髙安の勝利決まり手は

寄り切り 137回
叩き込み 104回
押し出し 87回で、離れて取ることが多く投げ技は

上手投げ 59
突き出し 32
下手投げ 18
寄り倒し 18
掬い投げ 17となっています。
ですから立ち合いから一気に持っていきたいところです。

反対に負けるときも

押し出し 118
寄り切り 105
となっており、相撲が長引くと分が悪いようです。

体重もデビュー当時は120キロ台からどんどん増え、今では180キロを超える場所もあるのではないでしょうか・・

理想は私は160~170キロだと思うのです。

髙安の経歴は?

父親が日本人、母親がフィリピン人(ビビリタさん)のハーフです。
小学生の頃から野球少年で中学ではセンターを守っていました。

その彼がなぜ相撲取りになったのでしょう?

髙安少年は勉強嫌いで成績がどんどん悪くなり、高校進学は難しくなり、

父親の説得でいやいやながらも元横綱がいる鳴戸部屋へ連れていかれました。

そこで師匠に体の大きいのをほめられたのが始まりのようです。
もともとこれといった進路もなかったことから、中学卒業と同時に鳴戸部屋に入門。

そこからが大変だったようです。

髙安は脱走の常習犯で数えると7回も逃げ出したそうです。

当時、鳴戸部は稽古がきつく、昼まで続きます。

耐えられなくなって逃げ出したのです。

そのたびに父親は髙安をなだめ、部屋へ連れて帰ったそうです。
父親は親方にも、部屋の力士らにかわいがりを控えるように土下座して懇願しました。

母親が高安の好きな料理をもっていったりもしたようです。

その後、父親が腎臓癌であることがわかり、摘出手術をすることになりました。
経営していた店も手放さなくてはならなくなったのです。

髙安の気持ちがは変わりました。

「俺は何をやってるんだ・・」今までの自分の情けなさを痛感したのです。

「父親が望むことは相撲で大成すること」こう諭されたことが身に染みたのですね。



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